2006年11月3日金曜日

アフリカの熱帯雨林にゐました (その弐)

〔しようもない日常〕

日光に空港はありません(ロケ地:新宿)。

台湾から友人がやって来るというので、「温泉に行きたい」という彼女のため情報収集にせっせと励んでいたら、「ここもいいわ」「あら、ここも捨てがたいわね」と迷い始めて袋小路に。
たかが温泉宿1軒探すのに、へとへとになっております。

では続き。

10月26日(木)

『八月的故事(八月的故事)』
2006年、香港。麥婉欣監督。田原、藤岡竜雄、張詠恩主演。

香港電台製作のテレビ用作品(30分枠)の拡大版(62分)。
テレビで放映された分は、こちらで観ることが出来ます。
せんきち的には王菲の『紅豆』に尽きるかな、これ。
後ほど30分の方も観て、どこがどう増えているのかを確認してみようと思いますけど、大人になってからの3人というのは蛇足の感あり。
ディーン・セキ、じゃなくて、ディーン藤岡(なんだかデューク東郷のぱっちもんみたいだ)は、杭州から修業にやって来た青年で、ゆえに広東語がちょっとおかしいという設定になってましたが、北京語もけっこう癖があるので、ま、杭州あたりが妥当な線でしょう。
田原の広東語が変なのは、あれは、どういう原因になってたんでしょうか。
田原の稼ぎの悪いお父ちゃん役で葛民輝が出てました(プロデュースも)。

(於:TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン1)

『父子(父子)』
2006年、香港。譚家明監督。郭富城、楊采妮主演。

父子共依存映画。
ろくでなしのお父ちゃんにどこまでもついて行く哀れな息子は、きっと「僕がしっかりしなくちゃ。お父ちゃんが仕事をするようになれば、きっとお母ちゃんも帰ってきてくれる」とけなげに思ったんでしょうけれど、一緒にいたら駄目になって行くだけの関係なんだよ、あんたたちは。
さすがに耐えられなくなって家出したお母ちゃんの許を訪ねていくと、お母ちゃんは別の男(アーロン二役。なんだかんだいっても、似たような男を好きになるってことなんだろか)と再婚してお腹にはその男との子供が。
おまけに甘えて泣く息子に向かって、お母ちゃんは「お腹に子供がいるから」と最後通告。
終盤、息子がお父ちゃんに向かって言う「ママは僕を捨てたんじゃない。パパを捨てたんだ」という台詞は、自分に言い聞かせるためのものだったんでしょう。

私の父親もこのお父ちゃんと似たようなもんで(泥棒しろとは言われなかったが)、ろくでなしの大バカ男でしたが(まだ生きているので父子バトルは現在進行形)、それだけにあのオチには釈然としないものが残りました。
あれじゃ息子が可哀相過ぎるし、言っちゃあなんだがああいう人間は根っこまで腐ってるから、どこまで行っても更生することなんかないと思うよ(多分にうちの親父を基準に考えております)。
それでも父親の姿を見届けたい息子の気持ちは、徳光さんに聞いてみないとわかんないなあ。

いつもながら場末臭プンプン(褒めてるのよ)の秦海璐と、映画初出演ながらどこにでもいるふつーのオバサンをごく自然に演じていた許茹芸といった脇役陣が印象に残りました。
特に許茹芸なんか、ティーチインのときにわざわざ「自分は台湾の歌手で」とか自己紹介してたよ。
知らない人が観てマレーシアのおばさん華人女優と思われるのを恐れたんだろうか。

どうにもやりきれない映画ではありましたが、映像はものごっつう綺麗でした。
余計やりきれないな。

(於:シアターコクーン)

(つづく)

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